インターネット上の情報のうち、約半分は英語で書かれています。一方で、日本語はわずか3〜5%程度。もし日本語の情報だけを頼りにしていたら、全体の1割にも満たない情報しか得られなかったと思います。
研究の多くも同様で、日本の医学論文の多くは英語で執筆され、国際的な学術誌のほぼすべてが英語で出版されています。この病気の場合は特に、最新の研究や患者の体験記、症例報告なども、主に英語でしか読めません。この「言語の壁」は、医療の分野ではとくに大きな問題です。海外では一般的な治療法が、日本に届くまでに何年もかかることもあれば、まったく紹介されないこともあります。
副腎皮質機能低下症に関しても、私が本当に役立ったと感じた情報――投与量の調整方法、減薬の進め方、回復期の過ごし方――などは、ほとんどすべて英語の情報から得たものでした。日本語で得られる知識はごく一部に限られており、大切な考え方を見落としてしまうことも少なくありません。
日本語の情報だけを見ていた頃は、「減薬」や「回復」という考え方が存在することすら知りませんでした。欧米では、薬の量を体調に合わせて調整するのは一般的なことですが、日本の患者の間では、特に「減らす」ことに関してはタブー視される傾向が強かったのです。
その結果、補充療法を自分に合った量に調整することや、不調の原因を探って改善すること、そして「ちょうど良い補充量」で安定して生活するという考え方は、日本ではあまり見られませんでした。世界から孤立して、日本の患者だけが「ガラパゴス」のように独自の状況に取り残されているような感覚がありました。
副腎皮質機能低下症のように、自己管理が体調を大きく左右する病気では、言語は単なるスキルではなく、知恵を共有し、互いに支え合いながら生き抜くための「理解の架け橋」でした。